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◆◆ 思ったこと: ◆◆

        Imagine that an extremely primitive and naive way of viewing life.
        In that way, a life would constst of two types of experiences, joy and pain.
        And the value of the life is determined as 
        how many joyful experiences the person had and 
        how many painful experiences the person didn't have or 
        the deduction between the two numbers.
        いやー。How simple. How primitive. How naive.
        Anyway, in this way of viewing life, is there the unshakable fact that I and you will die?
        なんていうのかな、
        仮に、永遠に死なないとしたら、
        なにしろ永遠なわけだから、楽しい体験も苦しい体験も、どっちも無限なわけですよね。
        どっちも無限だから、量としてはどっちも同じ、と考えてたぶんよくて、
        でも実際には無限じゃなくて、どこかに区切りがついてる。
        そう考えると、なかなかに、うまくできた判定方式じゃないですか、なんて、ここは感心するところですか?
        なんか怪しい感じがするのですよ。
        この極端に素朴な人生観の中に、そこまで織り込まれているとは、あんまり思えない。
        
        
        ていうか、やっぱり、引っかかるのは、
        楽しいことにせよ、苦しいことにせよ、
        何をしても、時間が経過しますよね。
        時間が経過するということは、死ぬということです。
        
        単にこうして「いる」ということすら be であり、stay であり、動詞なわけで、
        気がつけばいつでも「する」に絡め取られている。
        
        何かをしている間は意識がない。
        何かをしようとする、その瞬間だけ、意識がある。
        
        意識がある、その瞬間だけは「する」の外側に立っている?
        
        「する」の外側。
        意味があるとかないとか、価値があるとかないとか、快適だとか不快だとか、
        そういう一切のクソな話を超越した場所?