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◆◆ したこと: ◆◆

        マインドルの立ち絵作成
        
        学園モノと言えば敬礼。
        
        
        
        コミPo!ではポーズは設定済みのポーズの中から選んで微調整することになっております。
        最初は自由度が低いかなとも思いましたが、こういうのって下手に自由に動かせると
        関節が妙な形状に曲がってホラーマンガになってしまいがちですから、このシステムを考えた人はエライと思います。
        
        というわけで敬礼ポーズを探す。敬礼ポーズぐらいあるでしょ? え? ないの? そうですか。
        せっかくエライと思ってあげたのに。コノヤロ〜。私の純情を返せ。

        
        
        ないものは仕方がありません。
        こういうときはどうするか?
        有力な選択肢は自殺です。
        次善手はレンタカー店でトラックをレンタルして歩行者天国に突貫です。
        しかし知っての通り私はみなさんを愛していますから、まだ死ぬわけにいきません。
        トラックで突貫しようにも免許がないので諦めざるを得ません。
        仕方がないので似たようなポーズを探してGIMPで頑張ります。
        
        
        
        「上半身のしぐさ>遠くを見る」が敬礼っぽいのではないでしょうか。
        
        ↓左がデフォルトです。
        このままでも敬礼と言い張ればまかり通る気がしなくもないですね。
        しかしそれではせっかく起動したGIMPの収まりがつかないというもの。
        血に飢えたGIMPを鎮めるため、もうちょっと欲張ることにします。

        
        ↑
        (中央)腕の部分を抽出しやすいように「首上下」で頭をよけてもらいます(首はコミPo!内で動かせる)。
        (右端)あとはもうGIMPの世界。腕をコピペして気合で切ったり張ったり回転させたりして形を整えます。
        ここまでするなら最初から自力で描いてもよかったのではないかとは決して思わずに突っ走るのがコツです。
        
        
        通常の立ちポーズに敬礼の腕をコピペして元の腕を消したりアレしたりコレしたりして完成。
        はいっ、敬礼であります。いつも催眠術にご協力いただきありがとうございますであります。
        うむ。やはり完全自力よりはハイクオリティですねきっと。手首とか難しいですもんね。
        
        さて、そんなわけでさりげなくブレザーです。
        いつもながらGIMP先生の大活躍です。
        一応説明すると、上の段がコミPo!直産で、下の段がGIMP上での加工。右下が完成です。
        
        
        
        ご覧の通り、すでにブレザー職人の域に達しているわけですが、
        風のウワサによると正式にコミPo!の別売りデータでブレザーが発売になったとか? え? マジですか?
        未確認情報ですが、開発費を集めるためのクラウドファンディングのお知らせが去年の年末にメールできておりまして、
        それによると「来年春に公開予定」とのことだったので、
        順調にいっているならそろそろ発売されてるんじゃないでしょうか。
        
        私にとっては今さらという感じですが、便利なモノが増えるのは喜ばしいことです。
        コミPo!なのにブレザー!という驚きのサプライズがなくなってしまったのは私としてはちょっと残念。かなり残念。このやろ〜。
        しかしそれを言い出すとどのタイミングで何を世に出すのも、誰かがタイミング悪く辛酸を舐めることになりますからね。
        辛酸というと辛くて酸っぱいというわけですから、つまりタバスコってことですよね。隠したってムダです。私にはわかる。
        と思ったのですがトムヤムクンという可能性もありますね。自信がなくなってきました。
        カラいものと酸っぱいものって合うんですよ。
        一時期カップラーメンに唐辛子と酢を大量投下して食べるのにハマっていたことがあります。
        残念ながら最近はお金がないのでカップラーメンのような高価なものを入手するには万引きせざるを得ない状況ですが、
        つまり、辛くて酸っぱいものにかけては私の右に出るものはいないわけで、そこを忘れてもらっては困るということです。
        何の話でしたっけ。
        
        そうなんですよね。カップラーメンって貧乏生活の象徴みたいに言われることがありますけど
        実際、カップラーメンって結構高いじゃないですか。しかも大してお腹ふくれない。
        普段自炊しない人が外食と比較して言っているのでしょうか?
        あと「できあいの食事」ってやつ。あれも高い。自炊する人としない人とで金銭感覚にズレがあるのかもしれません。
        あるいはこうも問えます。カップラーメンは万引きすれば事足りますが外食は食い逃げをしなければならない。
        万引きと食い逃げとどちらの方がハードルが高いのか? それを真剣に考える時期に来ていると思うのです。
        何の話でしたっけ。
        
        カラさと言えば唐辛子のカラさとわさびのカラさは質が全く違うというのが我々日本人の間の定番の日常会話ですが、
        同じようなことは「怖さ」についてもあると思うのです。
        「怖い」という言葉で言い表されるものはいろいろありますが、特に、いわゆる「怖い話」を聞いたときの「怖さ」。
        あれはその他の「怖い」ものとは別種の「何か」なような気がします。

        夜トイレにいくのが「怖く」なるあの感じ。

        あれはその他の「怖い」ものとは全く性質が違う。
        高いビルの屋上の端から地上を覗き込んだときの「怖さ」とは違う。
        切れ味の鋭い刃物を使うときの「怖さ」とは違う。
        猛スピードの自動車が間近を走り抜けたときの「怖さ」とは違う。
        大事な試験を受けるときの「怖さ」とは違う。
        カミナリ親父の「怖さ」とは違う。
        
        暗闇が「怖く」なる。
        小さい頃はいつでも暗闇に「怖さ」を感じていた。
        いつの間にか、暗闇に「怖さ」を感じなくなっていた。
        が、たまに怖い話を聞いたときなどに、その感覚がよみがえる。
        「あれ」は一体何なのか?
        
        もっともらしい説明は可能ですよね。
        暗闇から危険な猛獣が飛び出してくるかもしれないから、本能的に怖がるようになっている、とかなんとか。
        しかしそういう理屈を聞いても、いまいち心に響かない。
        そういう理屈は「他人の行動の説明」なのであって、「この私が何を見ているのか」という実感がともなわない。
        
        それで「それ」の正体に迫るべく、最近たまにネットで怖い話を検索して読んでおります。
        で、やっぱり怖いものは怖いのですが、いくつも読んでいると段々怖くなくなってきますね。
        いや、それなりに怖いことは怖いのですけど、冷静になってくるというか。
        
        お化けとか呪いとか、それ自体はあんまり怖いものではないのですよ。
        たとえば有名なコトリバコですが、たしかに怖いんですけど、何が怖いかと言うと、
        最初にお祓いをするお友達が出てきますよね。神社の息子でしたっけ。
        そのお友達がコトリバコを見て怖がる様子が怖い。
        急に大声を出したり、泣き出したり、実家に電話してアドバイスを受けて妙な儀式をしたりするところ。
        まだ読者を含めてその人意外はコトリバコのことを全然知らない状況で、彼だけが「何かを知ってる」ふうに大慌てする。
        そこが怖い。
        コトリバコの設定自体は、妖怪アニメの設定みたいなもので、それだけ見てもあんまり怖くない。
        彼の「おびえ芸」が話の冒頭にあるおかげで、その後の話が盛り上がる。
        
        つまり読んでいる立場の「主観で実際に怖がっているものは何か」と言うと、
        「何だかよくわからないもの」なわけです。
        神社の彼がものすごく怖がっている様子を見て、「何だかわからないけど怖いものだ」というのが伝わってくる。
        その「何だかよくわからないもの」を追跡するという形で、その後の(単独で見ればアニメの設定みたいな)話に「怖味」がつく。
        
        同じようなパターンは大体他のものにも共通しています。
        普段は霊のこととか全然話さないような身近な人たちが、ふとした出来事をきっかけに顔色を変えて騒ぎ出し、
        主人公だけは事情がよくわからないまま、「とにかく何か大変なことになったようだ」という中に放り込まれ、振り回される。
        そこが怖い。
        
        話によっては、事件が一段落した後も主人公にとっては明らかに何か違和感が残っているのに、
        周囲の人たちとは話が噛み合わない、という状況で終わることもあります。
        そこが怖い。
        
        あとは呪い的なものにしても、実際に主人公が自分の身で何かを体験した、という話は意外と少ない気がします。
        誰かが不自然な形で不運に見舞われたらしい、という情報が伝わってくる。
        そこが怖い。
        
        つまり「何だかよくわからないけど大変だぞいう感じ」が、その種類の「怖さ」ということでしょうか。
        では翻って、夜中にトイレに行くときに一体何がどう怖いのか?
        ダメですね。説明してしまうと嘘っぽい。
        
        それにしてもあの感覚は一体何なのか? 「あれ」は一体何なのか?
        何か人間存在にとって重大なものであるような気がしてなりません。
        一度夜中に電気をつけずに人里離れた山奥にでも一人で行ってみる必要があるかなと思っているのですが、まだ実行できずにいます。
        実行できずにいる、ということは、実は何かを恐れているのかなという気はします。
        ていうかもう「夜中に電気をつけずに人里離れた山奥に一人で」という言葉を入力してる時点で怖い。カタカタ。キー入力音。
        しかし最近は職務質問が鬱陶しいのであんまり夜の外出はしたくないですね。
        ほら、こんな人里離れた山奥でも制服姿のおまわりさんがどこからともなく現れる。まったくもう。
        ……ってなんでこんな人里離れた山奥におまわりさんがぁぁぁぁぁ!!!ひでぶ!!!!
        そうですね。あるはずのないものがあるはずのない場所にさりげなくある(いる)。そこが怖い。
        
        さて一体「何」が怖いのでしょう?
        その「何」を言葉で説明してしまうと嘘になってしまう気がします。
        どんなに巧妙な嘘を編んでも、そんなものを易々とすり抜けて「それ」は「私」を「怖」がらせる。
        ああ怖い。怖いよ怖いよ怖いよ。まんじゅうは怖くありませんがお金が怖い。なのでお金ください。
        ロマンチックもください。ギャルのパンティください。
        
        何の話をしていたのでしたっけ?
        よくわからなくなってきました。はっ、よくわからないものこそが怖いのでしたっけ? ギャー怖い!
        
        よくわからないといえば、コミPo!でブレザーが発売されたというのも未確認情報なのでした。
        発売されたんだったらコミPo!本体を起動したときに毎回表示される更新情報に表示されそうなものですが、
        今のところそういう形では情報を見ておりません。運営からのメールもクラウドファンディングのお知らせ以来何もありません。
        ていうか名のある企業のはずなのにクラウドファンディングってどうなんでしょう。資金繰りに困ってるのかな?
        私は貧乏なのでお金はこれ以上払えそうにありませんが、会社として存続はして欲しい。
        まさかもうなくなってるなんてことはないですよね? 
        最近、本体のアップデートに失敗し続けているのは私がLinuxで動かしているからなのであって会社が消えているわけではないはず?
        真実はどうなっているのでしょう? 怖いですね。怖すぎて公式サイトを見ることができずにおります。ガタガタ。
        うむ。話題が元の地点に一応戻りましたね。めでたし。
        
        さて、よくわからないことだらけのこの世ですが、
        1つ確実にわかっていることがあります。
        それは何かというと、私があなたの幸せを願っているということです。まさに福音。めでたし。
        
        今日もあなたが幸せでありますように。