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◆◆ したこと: ◆◆

        マインドルのCG作成
        
        学園モノと言えばお姫様だっこ。
        
        
        
        困難を極めました。
        何が困難かと言えば、コミPo!に都合よく「お姫様だっこのポーズ」なるものは入っていないのでした。

        
        
        まさかコミPo!学園ではお姫様だっこが校則違反だとでも言うのでしょうか?
        そんな学園は認めない!
        というわけで、どうにかして近いポーズを探して、それっぽく見せるべく、長い旅が始まるのです。
        
        お姫様には「座って読む」の恰好で後ろ向きに倒れていただきます。おっと、お姫様パンチラですよ。ムフフ。何がムフフだ。
        
        
        主人公氏はこれです。手首は別パーツとして動かせるので、手の甲で机に手をつく恰好に。
        
        
        以上の素材が揃えば、後はGIMPの天下。
        なんやかんやと魔法をかけて、お姫さまだっこ完遂! 我が青春に悔いなし!
        
        
        よく見ると手首の位置が異次元空間を突き抜けていたりはしますが、実際の画面ではアップになるので目立たないはず。
        ついでにパンチラの問題もアップにすれば画面外に放逐可能。
        さらに主人公氏の顔を出さないという鉄の仕様も極めて自然に遵守できました。めでたしめでたしというフレーズが自然に口をついて出てきます。
        苦労を覚悟の作業でしたが、こうして終えてみれば数多の巡り合わせが精妙に組み合わさり、当初の想定以上の地点へ導いていただけました。
        まさに御仏の計らいと認めざるを得ません。
        
        
        ご覧のようにコミPo!では、用意されているポーズの中から選んで微調整していく、という作業手順になります。
        多数のポーズが用意されていて至れり尽くせりではありますが、
        目的のポーズの「そのものズバリ」が見つかるとは限らないため油断は禁物。
        作業を始めるたびにスリルとサスペンスが待ち受けています。毎日がドキドキ曜日。
        
        さらに、ほとんどのポーズが1キャラ単独のポーズとなっていて、
        2キャラ以上が身体的に絡み合う画像を求める場合、艱難辛苦のイバラ道を歩き抜く覚悟が試されます。
        残りのCGはそういうものが多い。
        
        というわけで学園モノと言えばスリーパー・ホールド。
        
        
        
        もともと、スクリプト側の指定としては「抱き合って見せる」というようなシーンなのですが、
        いい具合に抱き合っている感じのポーズがコミPo!内に見つからず、
        三日三晩座禅を組んで考えた末、目の前に降りてきたのがこのポーズ。
        ↓
        
        これは思案のポーズだとばかり思っていましたが、実は何気ない恰好の中に必殺の奥義の型を隠した秘伝の書だったのですね。
        
        
        
        見よ! これが「手をあごに置く」の真の姿だ! シンプルにして究極。
        こんなことになるとは、スクリプトの段階では予想だにしませんでしたが、
        闇雲な愛の形がこれ以上なく的確に表現されているではありませんか。まるでこのシーンのためにあったかのようなポーズ。
        御仏の計らいとはまさにこのこと。
        
        
        と、ここまでは御仏がうまい具合に取り計らってくれて事なきを得続けて参りましたが、
        御仏だって暇じゃありませんから、毎度毎度そうそう都合よく事が運ぶとは限りません。
        
        というわけで次は
        「肩を抱かれて緊張が解けて安心する」というようなシーン。
        
        文字どおりに絵を想像するなら、↓こういう感じでしょうか。
        しかし、どうしても、どちらか片方の顔が隠れてしまいます。さらに、うまい具合に「肩を抱く」ポーズも見当たらない。
        
        
        
        仕方がないので抽象画とします。
        ↓
        
        
        
        ぬくもりに包まれて緊張の解けた精神が愛の充溢する宇宙へと融解していく様子がこれ以上なく的確に表現されているではありませんか。
        御仏もなかなかのヤリ手ではありますが、この私の天才っぷりもまた証明されてしまったようです。フフフ。何がフフフだ。
        
        
        というわけで、絵が描けないながら限られたリソースを駆使して如何に誤魔化すかに神経を削った一週間でございました。
        その成果、なんと6枚。おっと、ついに1日1枚のペースを割り込んでしまったようですよ。
        今まで頑なに守り続けてきた一線をとうとう踏み越えてしまいました。何か恐ろしいことが起きるに違いありません。びくびく。
        
        残り17枚! あと少し。が、それはつまり、これまで後回しにしてきたものが溜まっているということ。
        なぜ後回しにしてきたかと言えば、技術的な困難さが予想されるからです。
        いっそ残りは全部、抽象画にしてしまおうか。それを解禁すると何でもアリになりますね。まさにバーリトゥード。
        
        
        さて。
        これからどうしようかな。選択肢は大体3通り。
        このまま勢いで作業を進めてしまうか。トリップの再挑戦をするか。死ぬか。
        先延ばしにしても仕方がないんですよねー。どの選択肢のことかは秘密。
        
        ちなみに先週、MAOI(モク某ベミド)を単独で600mg試してみたところ、
        腹部の不快感こそないものの、やはり、まともに起きていられず寝込んでしまいました。私には600mgは多すぎだったのかもしれません。
        しかしセンチメンタルな気分にはならなかったので、前回のあれはあれで、それなりに物質の効果が出ていたということなのかもしれません。
        というわけで次はMAOIの量を減らしつつ、メインディッシュの木くずをクエン酸溶液で煮出して主作用の増強を狙うですよ。
        
        ところで先日気付いたんですが、私てっきりモク某ぺミドだと思ってたんですが、「へ°」じゃなくて「へ”」だったんですね。きゃあ恥ずかしい!
        どうりで検索しても情報出てこないわけだ。ポテルシャン高すぎってやつです。イナズオンで爆発するしかありません。ザリオクで復活せよ。
        このままでは人前でショー●ンハウアーさんのお名前を言えなくなってしまうのも時間の問題です。
        日誌の方の記述をこっそり修正しておいたというのは秘密です。
        もしかすると他にも同じような間違いを犯しているのかもしれません。
        学校の敷地ってキャンバスでしたっけ? キャンパスでしたっけ?
        お絵描きに使うのが? クレバス? 寒いところの地割れが? クレパス?
        インドネシアの? フランスの? パリ? バリ?
        奈良の大仏さんは、るびしゃなぶつ? びるしゃなぶつ?
        トマト? トメィトゥ? 天気予報? てんきょーほー? すまほ? すまふぉ?
        知らないうちにみんなに笑われているに違いありません。もはや恐ろしくて口を開けません。むぐぐ。
        実はパソコンがパソコンだというのは私を陥れるための手の込んだ大嘘で、本当はバソコンなんでしょ? このやろ〜!
        
        いいんですよ。こんなことは。別に。どうだって。
        私を笑いたければ好きなだけ笑ってくれていいんですよ。
        でも私は笑いません。あなたのポテルシャンがどんなに高くても、
        たとえ学校のキャンバスにクレバスでるびしゃなぶつのお絵描きをしようとも、私は決してあなたを笑いません。
        私はいつだってあなたを愛しているからです。
        
        あと、類似の事象として、MAOIの発音も気になります。
        脳内では何となく「まおい」と読んでいるのですが、直接顔を合わせる人々とこの話題で会話をすることは皆無であり、
        実際に口に出して言ったことはありません。
        ある日、つい何気なく「まおい」と言ってしまいそうで恐ろしい。
        ねぇアナタ聞いた? あの人「まおい」って言ったわよ。くすくす。お里が知れちゃうわね。
        
        はい。自分が笑われないように気をつけることよりも、自分が人を笑わないようにすることの方が
        素敵な世界につながっているものと思うわけであります。
        ということは、間違いを恥じて修正するよりも、放っておいた方が良かったのでしょうか? 
        そういうことではないとも言いきれない何かが、この点には潜んでいる感じがいたします。
        「間違い」をすべて許容すると、「この世界」は消滅する。むろん、消滅は善です。
        「人を笑いものにする」という行為に代表される「悪の衝動」こそが、「この世界」の「維持力」ということなのかもしれません。
        「物質」とは「取り決め」のことなのでした。
        いずれにせよ、「この世界」の「維持」よりも、定義により、あなたが幸せであることの方が、重要のはずなのに。
        それが世界を消滅させる道なのだとすれば、消滅させればいいわけですが、ではなぜ世界がある/あったのか。
        この「回り道」は一体何なのでしょう。
        
        
        ではまた。
        今日もあなたが幸せでありますように。