マンガ『姉の自殺と僕の秘密』ネタバレ感想
『学園棋神伝マインドル』の関連コーナーとして、
自殺を扱ったサブカル作品を紹介していこうという企画の第2段。
(紹介できるタイトルがいくつかたまったら別コーナーとしてまとめます)
今回は
『姉の自殺と僕の秘密』(楓牙)
の、あらすじ紹介とネタバレ感想です。
希死念慮を抱えた男子学生と霊能力を持つ少女が織りなす優しいお話です。
人が人を想う気持ちが心に響きます。
内容的には「自殺」そのものを正面から掘り下げる展開というのとは少し違うのですが、
「自殺ネタ」にありがちな上から目線のお説教要素はなく、安心して読むことができると思います。
なお、エロマンガなので万人にオススメというわけにはいかず、その点ご承知置きをお願いいたします。
また、この感想文では「希死念慮」という語を使用しますが、
本作の中でこの語が使われているわけではありません。あくまで私の解釈としてこの語を使っています。
心理学用語としての厳密さにこだわっているわけでもなく、
「具体的に何か "不幸" があるというわけではないけれど、"死にたい" と思う慢性的な気持ち」
というぐらいの意味で使っています。
ある程度汲み取りながら読み進めていただければ幸いです。
(以下、ネタバレ)
■ あらすじ
------------------------------------------------------------------
エロマンガという性質上、お手に取って読むことができないお友達もいらっしゃることでしょう。
大まかな内容が伝わるよう、要点を絞ってあらすじを紹介いたします。
あくまであらすじですので私の解釈を交えつつ端折った要素もあります。
できれば原著をお読みになることを推奨いたしますが、
感想文の内容を理解する補助にしていただければと思います。
(画像の転載はしていません。文章のみ。エロ描写は控えめでお送りします)
以下の各話ごとの [ひろげる] をクリックすると表示されます(多分!)。
--------------------------------
▼ 第1話 [ひろげる]
圭壱はずっと自殺を考えながら無気力な毎日を送っている。
なぜか何もないところでよく転び、人から笑われる。
クライメイトたちとは距離を置いている。
他人に興味はない。
楽しいと思えることは何もない。
みんな何が楽しいんだろう?
いつか必ずみんな死ぬんだ。
それまでがどんなに楽しくても、死んでしまえば全て消えて、僕もいつか……。
ある日、衝動的に自殺をしようと思い立つ。
あ、そうだ。今死のう。
ずっと死ぬことばかり考えてきた。だから死に方も決めてある。
屋上からの飛び降りだ。首吊りは苦しそうだし、練炭も時間がかかりそうだ。
学校で死ぬのが一番手軽だ。
学校の屋上へ向かう途中、霊能力を持つ少女・琴音に話しかけられる。
「死ぬの?」
琴音は圭壱に取り憑いている霊のことを指摘する。
うろたえた圭壱はその場から逃げ出す。
この女の人と関わっちゃダメだ!
静かな心の時に死にたいんだ……それが最高に幸せなんだ。
琴音に自殺の邪魔をされることを恐れ、翌日、圭壱は学校を休んだ。
自宅で寝ている圭壱のもとへ琴音が現れる。
どうしてここに……。
「私も死のうと思ってたの。一緒に死なない?」
その一言で圭壱は気を許し、琴音と体を重ねる。
「これで、一緒に死んでくれるよね?」
琴音を話をするうち、圭壱にも自分や琴音に取り憑いている霊が見えるようになってくる。
自分の左足には女の人の霊が取り憑いている。
何もないところで転ぶのはそのせいだったのだ。
一方、琴音の背後には男性の霊が立っている。
それだけじゃない。他にも得体の知れない霊の姿が……
「この人達どこにでもいるんだから、気にしてもしょうがないの」
琴音に言われるまで忘れていた。霊が見えるのは今に始まったことではない。
僕はいつからこんなふうになってしまったのだろう?
……いや、きっと最初から、生まれた時からおかしかったんだ。
圭壱は琴音に返事を告げる。
「いいよ、一緒に死のう」
▲[おりたたむ]
▼ 第2話 [ひろげる]
琴音は圭壱の頭に取り憑いていた霊を1つ祓い落とした。
急に頭がスッキリし、圭壱は驚く。
左足についていた女の人の霊は取ってくれなかったけれど……
「少しずつ気分も晴れてくると思うわ。でも、だからって……」
──私との約束を忘れないで。
そう言い残して琴音は姿を消した。
その後、同居している圭壱の姉が熱を出して寝込む。
圭壱は看病をする。
姉のことはずっと苦手で、冷たく接してきた。
そのはずなのに、自然と手を触れて看病をすることができた。
僕はいつから姉ちゃんが苦手だった?
思い出すことはできない。
一つわかっていることがある。
突然苦手意識がなくなったのは、琴音さんに頭の霊を祓ってもらったおかげだ。
でもそれだけじゃない。
昔、姉との間に何があったのだろう? 思い出せない。
琴音さんなら何か知っているだろうか?
翌日、圭壱は学校で琴音に相談する。
「お姉さんの事だけじゃなくて、小さい頃の記憶それ自体が思い出せないでしょう?」
琴音によると、記憶に関する障害のほとんどは霊障だと言う。
「その原因の霊を私が取ってしまったから……少しずつ記憶も戻るかも」
その場で2人は再び体を重ねる。
「どうして琴音さんは僕に……」
「大事な仲間だもの。やっと見つけた大事な人。愛してるの。だから、好きなようにさせてあげるわ」
圭壱の目に、琴音に大量の霊が取り憑いている様子が視えた。
「ああ……気付いた? 昔からよ」
「僕に何かできる事は……」
琴音の身を案じる圭壱。そこへ琴音は告げる。
「デートしましょ?」
▲[おりたたむ]
▼ 第3話 [ひろげる]
熱が下がらない姉を看病するうち、圭壱の記憶がよみがえる。
幼い頃、姉に性処理をしてもらっていたのだ。
当時は意味をわかっていなかっけど、理解しはじめてから姉ちゃんを避けるようになった……?
姉ちゃんにはずっと優しくしてもらっていた。
死ぬ前に姉ちゃんにしてあげられることはないだろうか?
そう考える圭壱に、姉が詰め寄る。
「圭壱、子供の頃に戻ったみたい。頭に憑いてたヘンなのがいなくなってからだよね?」
姉にも「見えて」いたのだ。
「あの女の人に感謝しないといけないのかな」
琴音の功績を、姉は不満げに言う。
「ずっと圭壱のこと好きだったの。これからもお姉ちゃんが処理してあげる」
姉に押し倒され、2人は体を重ねる。
「圭壱が必要としてくれるなら、私はそれで満足なの……」
僕が死んだら、姉ちゃんはどうなるんだろう。
いや、むしろその方がいいのか。
僕がいない方が普通に生きられるような気がする。
翌日、圭壱は琴音との「デート」に出かける。
「まだ死にたいって思ってる?」
「変わらないよ、何も」
頭に憑いていた霊を取ってもらって頭の中はクリアになった。だけど……
「だからって生きたいとも思わない。きっかけがあればいつ死んでもいい」
それが圭壱の答えだった。
「琴音さんは? どうして死にたいの?」
「生きてても楽しくないし悲しくもないから。痛いことも多いし……」
しかし圭壱は琴音の言葉に不自然なものを感じる。
勘の鋭い圭壱に琴音は衝撃の言葉を告げる。
「さすが、私の弟!」
▲[おりたたむ]
▼ 第4話 [ひろげる]
「私は圭壱のお姉ちゃんなの。血がつながってる方のね。久しぶり!」
事態を飲み込めない圭壱に琴音が説明する。
取り憑いていた霊の影響で圭壱の記憶は混乱しているのだ。
「私達が姉弟だってことを今は思い出せなくてもいい。
だけど覚えておいて」
琴音は圭壱に詰め寄る。
「小さい頃に圭壱の射精を手伝ってあげたのは
私の方が先だってこと! 今のお姉さんよりも前に、ね。
そして私は、今のお姉さんに嫉妬している……って事」
圭壱の頭にはまだ他にも霊が憑いたままであるという。
「でも近いうちになんとかするから安心して。
そいつさえ取れれば……思い出せるかも、ね」
二人は「デート」を続け、琴音の口から過去が語られる。
幼い頃に両親が離婚し、琴音は父親に、圭壱は母親に引き取られ、二人は離ればなれになった。
「恨んだわ、お父さんを。あなた達のせいで圭壱に会えなくなってしまった!」
会えない間に圭壱は他の人のものになってしまった。
しかも父親は琴音に性的虐待を繰り返していたという。
泣いて、恨んで、お父さんなんて死ねばいいと思った。
「お父さんが死ねば、私はお母さんに引き取られて、
もう一度圭壱と一緒にいられると思ったの」
死ねばいいのに。
死ねばいいのに。
毎日毎日、それだけを思っていた。
そしてある日、琴音は自分の精神から生霊を分離させ、父親を殺してしまったという。
「そ、そんなの勘違いだよ! 偶然起きた不幸な事故で……」
だが少なくとも琴音は「見た」と言う。
「うれしそうだったわ。私の生霊……」
本当のことは分からない。
だがそんなことがありえるとすれば?
もしかしたら……
実の両親が離婚した後、圭壱は母親に引き取られたはず。
だが一緒にいたはずの母親のことを圭壱は覚えていない。
今の家族とは血がつながっていない。
もしかしたら……
僕も母親に生霊を出したりしていたんじゃないだろうか?
考えると怖い。怖いよ……
死にたくなってくる……
自宅のベッドで考え込み、不安に押し潰される圭壱を「今の」姉が体で慰める。
「嫌なこと言われたの? あんな女の言うこと聞かないで。
圭壱は私の弟! 私は圭壱のお姉ちゃんなの!」
子供の頃、僕は姉ちゃんの事が大好きだったんだ。
でもそれは、琴音さんの事だったのかもしれない。
「姉ちゃん……」
こうやって姉ちゃんに甘えていれば何も考えなくて済む。
だけど、死にたい気持ちは無くならない。
琴音さんはどうなんだろう……。
翌日、圭壱のもとへ琴音が現れる。
「顔が見られてよかった」
素っ気ない挨拶を残し、琴音は姿を消してしまった。
圭壱は察した。
琴音さんは一人で死ぬつもりだ!!
追いかけようとする圭壱。
しかし、いつも以上に足がもつれ、何度も転んで前に進めない。
足に取り憑いている霊が圭壱の邪魔をするのだ。
「ふざけんな! 離れろ! 殺すぞ!」
激昂する圭壱に押され、霊が離れた。
足が軽くなった圭壱はまっすぐに琴音のもとへ走る。
……が、不意に戻ってくる。
離れていた霊に自分の左足を差し出す。
「ほら左足! 早く憑いて! 憑いてよ!」
そう。わかっていたのだ。ずっと自分の左足に憑いていたこの霊は……。
ためらう霊を、圭壱が大声で促す。
「早く! 母さん!!」
その左足に、力強く母親の霊がしがみついた。
「頼むから大人しくしててよ?!」
その後も何度も転びながら、圭壱は琴音の元へ走った。
▲[おりたたむ]
▼ 第5話 [ひろげる]
圭壱の中で、母親に関する幼い頃の記憶が戻る。
狭く薄暗いアパートの一室。
目の前の畳の床に、母親が横たわっている。
お母さん……
ちょっと横になるって言ってから
二週間くらいこのままだ……
でも……
いつもどおり、お母さんは僕の隣で微笑んで肩を抱いてくれている
それは母親が死んだときの記憶。
その後、圭壱は警察に保護されたのだった。
圭壱は何度も転びながら琴音のもとへ走る。
その足にしがみついて引き止める母親の霊が、生気のない落ち窪んだ両目で圭壱を見つめる。
「悲しそうな顔しないでよ。死んでるくせに」
早く琴音さんに会わないと。
会ってどうする?
だって、約束したんだ。
二人で一緒に死ぬと。
学校の屋上へ行くと、琴音がいた。
「風は強いけどいい天気ね。飛び降りるなら今しかないわ」
私は生霊を出してお父さんを殺した。
圭壱も私と同じように生霊を出してお母さんを殺した。
私たちは姉弟で同じ事をしたのよ。
お互いに会いたいために、人を殺したの。お似合いよね、私たち。
ずっと自責の念で死にたいと思っていたのだ。
「ねぇ圭壱、一緒に死んでくれるんでしょう?」
「うん、いいよ。一緒に死ぬよ」
これでいいんだ。
もう何も考えなくていい……。
「そう言えば……やっぱり自殺したら成仏できないのかな?」
「いいえ、自殺した人の方が成仏できるわ。『死ぬ気で死ぬ』からよ。
病死、事故死、老衰、殺人、そうやって死んだ人のほうがこの世を彷徨ってるわ。
ほとんどの霊はそれよ?」
二人で手をつなぎ、屋上の縁に立つ。
これでいいんだ。
琴音さんと一緒に……。
間近で見つめ合い、二人は空中に身を投げた。
「圭壱」
二人の体はそばで並んだまま、真っ逆さまに落下していく。
「お父さんが死んだ後、私の生霊はどこに行ったと思う?」
「さぁ、どうでもいいよ」
重力に身を任せ、圭壱は達観した様子で答える。
不意に、その肩越しに小さな少女の霊が姿を現した。
「えっ?! こ、これ……?!」
それは琴音がかつて父親を殺すときに出した生霊だった。
父親を殺した後、「似た人」である圭壱に取り憑いたままになっていたのだ。
「圭壱が死にたいと思うようになったのは、私の生霊が憑いていたのが原因よ」
生霊の思いが強く、今まで取ることができずにいた。
「でも今、死ぬと決めて圭壱は飛び降りたわ。
私の生霊は目的を果たした。だから今なら簡単に取れる!」
戻ってきた自分の分身を、琴音は抱きしめる。
お父さんを殺して、今度は圭壱も殺そうとした私の分身……。
そうしている間にも二人の体は落下を続けている。
琴音は涙を流しながら圭壱を見つめる。
「ごめんね圭壱。圭壱を守りたかったけど、もうこれしか思いつかなかった。
一緒に飛び降りるしかなかったの……。
もっと……もっとしっかり、お姉ちゃんをしたかったんだけど……」
真相を知らされ、圭壱は愕然とする。
琴音の生霊が離れ、死ぬ気はなくなった。
だが、すでに空中に身を投げた後なのだ。
「僕、今から死ぬのに……」
自分の生霊を取り戻し、穏やかな笑顔の琴音が圭壱に微笑む。
「死なないわ、圭壱は」
その左足には母親の霊が──
「守ってくれるから」
足が引っ張られる!
いつも何もないところで転ばされていた、あの感覚。
今までにない強烈な力で!
落下の軌道が逸れ、圭壱の体は枝葉の生い茂る木の上へ──
琴音との距離が離れる。
「圭壱」
遠くから琴音が微笑む。
「大好き」
もう手を伸ばしても届かない。
「お姉ちゃん!!」
圭壱の胸に後悔の念が湧き上がる。
カッコつけないで、何でもわかったような顔をしないで、
もっともっと色んな事を話していたらよかった。
そうしていたらきっと……
木の枝を激しく何本も折りながら、圭壱の体は地面に落下した。
圭壱は病院で目を覚ました。
「生きてる……か」
ベッドのそばの椅子で、「今の」姉が憔悴した様子で眠っている。
姉ちゃん、ごめんね……。
足元には母親の霊がいる。
最後の力を使い果たし、小さくなった母親の霊が。
「母さん……今までも守ってくれてたの? ありがとう」
病室に制服姿の琴音が現れた。生きているのだろうか? それとも霊なのだろうか?
「大きなケガが無くてよかったわ。お母さんが一生懸命引っ張ってくれたからゆっくり落ちれたの」
母親はずっと前に成仏しており、この霊は生きている間に圭壱が心配で出てきた生霊なのだという。
「この生霊も最後の力を使い切っちゃったから……もうすぐ消えるわ」
琴音は穏やかな笑顔で淡々と語る。
「琴音さんは……死んだの?」
▲[おりたたむ]
▼ 第6話(最終話) [ひろげる]
「生きてるわ。意識は戻っていないけど」
圭壱と同じように、父親の霊に助けられたのだという。
いつも琴音のそばに憑いていた男性の霊が父親だったのだ。
生霊で殺したことを恨まれていると思っていた。
助けられるなんて思っていなかった。
だが琴音も過去の記憶は曖昧になっているという。
琴音が生霊で父親を殺したというのは本当なのだろうか?
父親が琴音に性的虐待をしていたというのは本当なのだろうか?
「私が死なないと、本当のことはわからないんでしょうね」
「え……死なない、よね?!」
"死" という言葉に圭壱はうろたえる。
すでに圭壱に死を望む気持ちはなくなっていた。
「普通に戻ってよかった」
「どこにも行かないで、ここにいてよ!!」
「そばにいるわ。いつでも」
疲れている圭壱を琴音は寝かしつける。
その寝顔に口付けをする。
「今なら、圭壱の中の私の記憶を消せるかしら……」
「余計なことしないで!!」
遮ったのは「今の」姉だった。
「その方が二人にとっていい事じゃないかしら」
「バカにしないで!!
悪いことも良いことも、勝手に奪わないで!!」
琴音は「今の」姉に圭壱を託し、姿を消した。
──圭壱のこと、お願いね
数日後、圭壱は退院し、「姉」とともに家に帰ってきた。
自分の部屋……なんだか新鮮だ。
屋上から飛び降りる、などということをしたのに実感がない。
すべて他人事のように思える。
今まで憑いていた生霊がいなくなったせいだろうか?
記憶が曖昧で、何が本当のことなのかわからない。
「きっと……そんなの一生わからないよ。
でも今、この時、私はここにいるし、圭壱もここにいるよ」
そう言って「今の」姉は圭壱を抱く。
「何でも言って。お姉ちゃんは圭壱のためなら何でもするから……」
その後、姉は寝込んでしまった。
「きっと……僕よりも姉ちゃんの方が疲れてるんだろうな……」
さらに数日後、圭壱は琴音に会うため病院に向かった。
しかし既に退院した後だという。
琴音の居場所がわからない。
今更ながら、琴音の住所も電話番号も知らなかったことに気付く。
学校で教師に尋ねるとアパートの住所を教えられた。
だが、すでにそこも引き払った後だった。
生活感のないアパートの扉の前に圭壱は立つ。
全然、琴音さんがここにいた感じがしないよ……
「琴音さんて、本当にいたのかな? 全部僕の妄想だったりして……」
そうつぶやく圭壱の足元に、母親の霊がしがみついていた。
「母さん! いたんだね!」
その姿はずいぶん小さくなってしまっている。
だが、確かにいる。
自分がここに存在することの、確かな印……。
家に帰ると姉が倒れていた。
「圭壱、何でも言って、何でもする……。
私には何もできない。圭壱のために何もできないのは辛い……」
しきりにそう繰り返す姉の全身に、大量の霊が取り憑いている。
どうしてこんなに?!
とにかく祓わなければならない。
だが、もう琴音さんはいない。
自分でやるしかない。僕がやるんだ!
一体ずつ霊をつかんで引き剥がしていく。
しかしキリがない。
いくら引き剥がしても戻ってきてしまう。
次から次へと新たに霊が群がってくる。
姉は意識を失っており、呼びかけても応えない。
一体一体の霊の顔が見える。
きっとこの霊たちにも色んな人生があって、
たくさん辛いことがあって、
成仏できないほどの想いがあるんだろう。
くそっ……
お前らがどれだけ辛かったか知らない。
けど、姉ちゃんに関係無いだろ!
姉ちゃんが苦しんでいい理由にならない!!
圭壱は怒りを込めて霊を殴り飛ばす。
こいつら殺そう!!
「正解!」
背後から、思いがけない応援の声。
「そのつもりで!」
いつの間にか背後に琴音が立っていた。
心強いアドバイス。
だが手を出す様子はない。
圭壱がやらなければならないのだ。
気迫を込め、圭壱は群がる霊を蹴散らす。
やがて霊たちはみな去っていった。
だが姉の意識は戻らない。
「最後の一体が頭の中にいるのよ」
姉の体調がすぐれないそもそもの原因となった霊であり、
さきほどまでのような霊を呼び寄せているボスのような存在であるという。
それは圭壱の生霊だった。
幼い頃に圭壱の本体から分離し、ずっと姉に取り憑き、苦しめていたのだ。
呼びかけると、姉の頭から圭壱の生霊が姿を現した。
もっと構って。もっと優しくして。
幼い自分の姿がそこにある。
「そこにいると姉ちゃんが苦しいんだ。戻っておいで」
だが幼い自分の生霊は今の圭壱の言うことを聞かない。
「こいつ、かわいくない!!」
琴音が笑う。
「かわいいわよ、とっても。私達はそんな圭壱が大好きなの」
「そんなところ好きって言われても……」
こっちが本当の自分なのかな……。
そう思うと生霊は簡単に取れた。姉から離れ圭壱のもとへ戻ってくる。
だがそれは、今まで左足に取り憑いていた母親の霊の居場所がなくなることを意味する。
「あっちに送るわ」
母親の霊を琴音が引き受ける。
お別れの時がきたのだ。
「じゃあね母さん。今までありがとう。泣かないで。また会えるから」
母とともに、琴音が姿を消した。
姉が目を覚ます。
「圭壱……私、どうしたの?」
「姉ちゃん!」
どこまでが本当のことだったんだろう?
それとも全部僕の空想か……。
家の中は静かだ。自分と姉以外誰もいない。
つい先ほどまでそこいた琴音はすでにおらず、霊の姿ももう見えない。
空想でもなんでもいいか。
僕の「本当」は、今、ここにある。
すべてを見届け、琴音は身を引く。
圭壱
先に行って待っています
死んだら結婚しましょう
圭壱
幸せでいてください
さようなら
あなたの姉より
▲[おりたたむ]
--------------------------------
■ 「希死念慮」の描かれ方には共感できる
----------------------------------------------------------------------------
主人公の圭壱は学校では友人を作らず周囲から浮いています。
クラスメイトたちがおしゃべりに興じているのを横目に、
何にも興味を持てずに冷やかでいます。
> みんなどうしてそんなに楽しそうなんだろう
> 本当に楽しいと思ってるのかな?
> 仲間外れになるのがイヤだから合わせていたりする?
> いつか必ずみんな死ぬんだ
> それまでがどんなに楽しくても
> 死んでしまえば全て消えてしまうんだ
> 僕もいつか……
ずっと死ぬことばかり考えており、死に方も決めてある。
あとは一線を越えるタイミングを常にうかがっている。
こういう感覚は多くの「お仲間」に共感できるのではないでしょうか? 私は共感できます。
これが「人としてご立派」かどうかであるとか、「真実」かどうかであるとか、
そうした周辺的な議論をし出すとイロイロヤヤコシクなるのでしょうけれど、
そういうことはさておき、感覚的には非常に共感できるところです。
なお、作中で「希死念慮」という単語は使われていないのは前述の通りです。
ちなみに、あとがきの中では「漠然とした自殺願望がある」と紹介されています。
作者がどういう意図だったのかはわかりません。
■ 「希死念慮」自体を正面に据えたストーリーというわけではない
----------------------------------------------------------------------------
上記の通り、設定上は主人公は「死にたい気持ち」を抱えた人物です。
ただし、そのこと自体は序盤で少し触れられるだけであり、
それ以上に掘り下げて語られることはありません。
また、主人公が希死念慮を持っているのは霊に取り憑かれた影響であるという設定です。
その除霊のためにヒロインの琴音が奔走する、というのがストーリー全体の縦軸となっています。
そのため、「死にたいと思う気持ち」や、生きること、死ぬこと、
そのような気持ちで生きる主人公を取り巻く社会環境、などのような、
「自殺」そのもの、あるいは直接的に関連する事項に向き合って掘り下げるといった内容ではなく、
これを読んだからと言って、自殺についての理解や共感が深まる……
といったことはないものと思われます。
とは言うものの、まったく自殺と関係ないストーリーかと言えばそんなことはありません。
主人公の「死にたい気持ち」を否定することなく、最後まで優しく受容的に寄り添うものとなっています。
詳しくは後述しますが、むしろ、
「死」そのものを直接的に正面から取り沙汰しない内容だからこそ、
変にお説教くさいものに堕してしまうことなく、こうしたことが実現できていると言えるようにも思います。
■ 「上から目線のお説教」のような地雷要素はない
----------------------------------------------------------------------------
よく「自殺をテーマにした」などというと、いかにもありがちなものとして、
何か悩みを抱えて死のうと思っているキャラにお説教をして努力を促してお悩みを克服……
というパターンが思い浮かびます。
こういうのは普段から死にたい気持ちを抱えている人にとっては余計なお世話以外の何物でもない。
そういうのはイヤですよね? 私はイヤです。
本作は「自殺」そのものを深く掘り下げるようなストーリーではないのですが、
そのおかげで、と言うべきか、
「自殺ネタ」にありがちな、希死念慮や死ぬこと自体を「とやかく」言うようなお説教じみた要素はなく、
希死念慮を抱えた人がこれを読んで傷つくといったリスクも限りなく低いものと思われます。
■ 自殺は否定されているか? 肯定されているか?
----------------------------------------------------------------------------
「自殺」が扱われているという点に注目して拝読する以上、
作中で「自殺」がどのような扱いになっているのかは見逃せない点です。
単に世間的な価値観のまま、自殺が単なるお説教の対象になっちゃってるのか?
それとも何か別の価値観が示されているのか?
あるいはマンガのエンタメ要素を彩るネタに過ぎないのか?
本作ではどうなっているでしょうか。
まず前述のように、お説教要素がないという点では、否定的ではないと言えます。
主人公は希死念慮の持ち主。
ヒロインは「私も死のうと思ってたの! 一緒に死なない?」などと言う人物。
この点を見るとストーリーは「自殺」に理解を示す内容であり、
このまま自殺に向かって進んでいくかのようです。
実際、二人で一緒に屋上から飛び降りるシーンまである。
しかし主人公の希死念慮の原因は霊が取り憑いていることであり、
除霊に成功した後は死を望む気持ちがなくなっています。
それを見た琴音が「普通に戻ってよかった」などというセリフもあります。
つまり
「死にたい」などというのは「本心から思うこと」ではなく、
「普通」でもない、という扱いになっています。
また、プロット全体の構造を見ると、
「死にたい気持ちのキャラを、別のキャラが "助け" て、死にたい気持ちがなくなって、解決」
となっており、
これは「自殺ネタ」でありがちなお説教パターンを構造的に踏襲した作りになっています。
「自殺」は「やめさせるべき行為」であり、
「いかにしてやめさせるか?」がストーリーを織り成す。
琴音を始め、主人公の味方として登場する周囲の人々は
結局のところ主人公を「死なせない」ことを目的としている。
「一緒に死のう」というのは取り憑いている霊を満足させて除霊するための「作戦」だったのであり、
琴音自身の本心ではありませんでした(少なくとも直接的には)。
そもそも「自殺」そのものを正面から掘り下げるストーリーではないというのはすでに述べた通りです。
明確な「お説教」こそないものの、
最終的には「死=悪」「生=良」という一般常識に軟着陸する展開となっており、
「自殺」を扱ったマンガという点に注目して読むと、
何か、うまくはぐらかされてしまったような印象を受けます。
では本作は自殺を単に「お悩み解決」するだけの薄っぺらい予定調和の物語なのでしょうか?
そうとは言い切れません。
最終的には主人公を「死なせない」ことが目的となってはいるものの、
「死にたい」という思いそのものが直接的に批判されることはありません。
その「死にたい」思いは霊が取り憑いているのが原因だったわけですが、
最初からそれを明かすことはありません。
もしも、序盤で琴音が圭壱に会いに来た時点で、
「あなたが死にたいと思うのは霊が原因だから祓ってあげる」
などと言っていたらどうなっていたでしょう?
「お説教」に負けず劣らずお節介なものとなってしまっていた可能性が予想されます。
これは単にプロットとしての話の引っ張りという以上の意味があると言えるように思われます。
除霊のためには「圭壱が自分から死ぬと決めて飛び降りる」必要があった。
これも単に、話の都合上の設定というだけのことではなく、
「死にたい」という気持ちに対し、本人(霊=その気持ち)の気が済むまで
徹底的に寄り添うことの大切さが表現されている……そんな気がいたします。
琴音は圭壱を死なせないために圭壱の前に現れた。
しかしそれを最初から表には出さない。
「一緒に死のう」と言い、本当に一緒に飛び降りさえする。
作中では結果的に琴音も助かりはするものの、自分はそのまま死ぬつもりだった。
琴音の口から語られる「死後の世界」の話も、
「自殺者の方が "死ぬ気で死ぬ" から成仏が早い」等、自殺を否定しないものとなっています。
これについては、あくまでも圭壱を安心させるために言っただけ、という可能性もなくはありませんが、
単に自殺をやめさせればいい、と、相手の意志を曲げることを目的としているのであれば、
むしろ逆の内容のことを(嘘でも)言いそうなものです。
ここには一つの矛盾もあります。
死が悪いものではないというのであれば、なぜそうまでして圭壱の死を防ごうとするのでしょうか?
確かに理屈で言えば割り切れないものは残ります。
しかしここで重要なのは表面的な(表現上の)肉体の「生存/死亡」ではなく、
圭壱の幸せを願っている、という琴音らの想いであると思われます。
本人の意志を曲げて、肉体だけを生存させて「救ってやった」などと満足するのではない。
圭壱の幸せ=精神的な意味で「生かす」こと。
身を捨てるほどの覚悟で相手の心に寄り添ってこそ、
単なる肉体的な生き死にを越えた意味で相手を「生かす」ことができる。
ここにはそのような精神性が表現されていると私は受け止めたく思います。
■ 「あなたは大切に想われている」という空間
----------------------------------------------------------------------------
ストーリーの縦軸は琴音による圭壱の除霊となっておりますが、
これは後で振り返ってみればそういうことだった、という話。
最初から「あなたの希死念慮は霊が原因だから除霊してあげる!」などと言わない、というのは前述の通り。
除霊と言っても、何か、いかにもオドロオドロしい儀式をする……などということではない。
琴音はただ、圭壱と親密な時間を過ごします。
実の姉であると名乗る琴音と行動をともにするうち、
圭壱は幼い頃の記憶を少しずつ思い出していきます。
今まで忘れていた家族の記憶。あまり思い出したくはなかったこともある。
そもそも今の家族とも折り合いはあまり良くない。
生きていて楽しいわけでもない。
序盤に「頭に憑いていた霊」を1つ取ってもらい、「頭の中がクリア」にはなった。
それでも死にたい思いは変わらない。
自分は死んだ方が良いのだという思いはむしろ確かなものとなっていく。
しかし最終的に琴音との「飛び降り」を経て、
そんなふうに思う必要はなかったことが分かるとともに、
自分のことを大切に想ってくれている人が周囲にいたことに気付く。
「死ぬ気」がなくなった後は、
今までお世話になっていた(今の)姉のために戦えるようにもなります。
……と、こうして読後に思い出して筋書きだけを抜き出してみると、
なんだか予定調和の訓話めいたキナ臭さが漂いますが、
実際に読んでみるとそういう印象は受けません。
大きな理由として挙げられるのは、主人公の「今の」両親が一度も登場しないことでしょう。
「姉」を除く両親とは折が悪いふうなことが書かれてはいますが、
直接その様子が描かれることはありません。
また、学校では友人はおらず孤立していることになっていますが、
かと言って何か直接的に敵対しているような様子も描かれません。
記憶の中で想起される幼い頃の件に関しても、
直接何か恨みを溜め込むような出来事は登場しません。
あくまで圭壱自身が、自分を取り巻く「この世」に対し、
引け目や所在無さを募らせているという描かれ方です。
と言っても、露骨に何か「自分はこれこれの理由でダメ人間なのだ」などと言うような、
世間的な価値観を大きく意識した対比での卑屈な発言があるわけでもありません。
むしろ圭壱が感じているのは世間的な「価値」からは距離を置いた虚無感に近いものです。
もちろん観念的に「そんな態度は間違っている!」などというお説教も出てこない。
そのため、ストーリーに押し付けがましさというものがありません。
これが例えば、何か直接的に自分に危害を加えていた人物が登場して、
実はそれが圭壱のためを想ってのことだったことが判明して、恨みを忘れて赦さねばならない、的な筋書きだったり、
あるいは何か世間的な価値観との対比で「もっと "頑張る" べきである」といった筋書きだったりしたら、
まさしく説教そのもの・押し付けがましい・恩着せがましいものになってしまっていたことでしょう。
圭壱に被害を与えるような存在はない。価値を値踏みするような存在もない。
丁寧に虚無感が育まれる。決して否定などされない。
自分のことをずっと大切に想ってくれている人がいた。
だからこそ、「今の」姉のために誰にも頼らず戦うこともできるようにもなった。
優しくされたい、構って欲しい、という
幼い頃から抑え込んでいた自分の本心(生霊)と向き合うこともできた。
「私達はそんな圭壱が大好きなの」
琴音の言うこのセリフの主語が「私達」と複数形であるのは決して意味のないことではないでしょう。
「良し悪し」を語るのではない。「大好き」と言ってくれた。
だからこそ、圭壱は「こっちが本当の自分なのかな……」と受け入れることができたのではないでしょうか。
死にたいと思うことも、優しくされたい、構って欲しいと思うことも、
決して抑圧しなければならないようなことではない。
そんな受容的で優しい空間がここにある。
家庭環境や人間関係は人それぞれです。
このマンガはあくまでマンガに過ぎず、
ましてや「琴音」のような「救い主」が誰にでも現れるというものではないでしょう。
その設定だけの出オチであれば、このマンガは単に
「不幸な境遇に美少女が現れてイチャイチャ……」という即物的なものに過ぎなかったでしょう。
"どこまでが本当のことだったんだろう? それとも全部僕の空想か……"
空想でもなんでもいい。
結局、琴音と主人公は結ばれることはありません。
"先に行って待ってます。幸せでいてください"
離れたところから、無私の愛を放って琴音は姿を消します。
フィクションである以上、「予定調和」なのはある意味当然とも言えます。
しかし「琴音」の存在は「どこまでが空想かわからない」という中から、
空想と現実の垣根を越えて慈しみを伝えてきてくれるかのようです。
■ 作中で琴音の口から語られる死生観
----------------------------------------------------------------------------
第5話で琴音の口から死後の世界について語られる場面があります。
「そう言えば……やっぱり自殺したら成仏できないのかな?」
と尋ねる圭壱に、
「いいえ、自殺した人の方が成仏できるわ」
とキッパリ答えています。
その箇所の会話を引用します:
-------------------------------------------------------------------------
「そう言えば……やっぱり自殺したら成仏できないのかな?」
「いいえ、自殺した人の方が成仏できるわ」
「え?」
「『死ぬ気で死ぬ』からよ。ほとんどの自殺者は成仏まで早いわ」
「へぇ……」
「誰かへの当て付けで自殺する人もいるけど、そういう人は成仏しないみたいね。
病死、事故死、老衰、殺人、そうやって死んだ人の方がこの世の彷徨っているわ。
ほとんどの霊はそれよ?
圭壱だって見えるんだからわかるでしょう? 自殺した人の霊が全然いないって」
「いや、僕はそこまでわからないから……」
「そう?
ちなみに、自殺したからって地獄に行くとは限らないから……」
「地獄!? あるの!?」
「舌を抜かれたり釜茹でされたりとかそういうのじゃないみたいだけどね、残念だけど。
同じように天国もあるわ。
死んだってそれで終わりじゃない。
天国でも仕事はあるし、結婚もあるのよ。
それに、セックスもできるから」
-------------------------------------------------------------------------
これは圭壱が最初に尋ねたように、世間でよく言われる自殺にまつわる死生観とは逆です。
「自殺」というものに常識にとらわれずに向き合いたいと考えている私たち(?)にとって
非常に興味深いものではないでしょうか。
ただの作り事にしては、妙に説得力を感じる内容です。
しかも、マンガの1シーンとしては不自然に説明的なように思われます。
単にストーリーを進めるためだけに、ここまで長々と琴音の口から語らせる必要はあったのでしょうか?
ストーリーはこれ自体を掘り下げるような内容ではないのですが、
それだけに、逆に、一体何のためにこれが語られているのか……と、思わず深読みしてしまいたくなります。
ストーリー全体からこの箇所だけを切り出して取り沙汰することの野暮さは承知ながら、
この箇所だけ妙に浮き上がって見えてしまうのも正直なところではあります。
あとがきの中で、
「これを描くにあたって、知人の、いわゆる『霊能者』と呼ばれる人から聞いた話を一部設定に使いました」
と述べられています。
それがこの死生観のことを指しているのかどうかは定かではありません。
が、あながちデタラメな話というわけではないという可能性が示唆されるところではあります。
あるいは作者が自分で詳しい設定を考えたものの、
ストーリーの中で直接的に活かす場面がなかったため、
せっかく考えた設定を眠らせておくのはもったいないと感じ、
この場面で琴音の口を借りて語らせただけ、なのかもしれません。
またはフィクションであるにしても、
琴音が圭壱を安心させるために口から出まかせを言った、という可能性もあります。
いずれにせよ、そもそも、これに限らず死生観などというものの真実は誰にも確かめようのないことではあります。
何を言っても結局は生きている人間が言っただけというのは否定しようのない「事実」です。
深い意味があるせよ無いにせよ、実質的には何も言ってないのと同じであり、受け止める人次第ということになるでしょう。
とは言え、たとえて言うならジャンケンの前に「チョキを出すよ」などと予告するような、言い知れぬプレッシャーは生じます。
語られてしまった以上、無視はしがたい。
この死生観をどう受け止めるか、および自殺の是非についてここで私から語るのは控えて、貴方の判断に……
と言って筆を置いてしまいたいところではあります。
しかし、わざわざこうして紹介してしておきながらそれではなんだか卑怯な話。
というわけで以下に私なりの解釈も少し書かせていただこうと思います。
さて、一見すると、まるで積極的に自殺する方がよいと言っているかのようではありますが、
そう解釈してしまうのは少々早計という気はいたします。
大事なのは心から納得して死を受け入れる、ということのように思います。
だから、もっと生きたかったのに意志に反して死んでしまう場合は「この世を彷徨う」のであり、
たとえ自分から死を選んだのだとしても「誰かへの当て付け」で自殺する人は成仏しない。
だからこそ本作で示されているように、
「死」や「死へ向かう気持ち」を否定することなく寄り添うことが大切となるのでしょう。
それはさらに突き詰めて言えば単に肉体的な意味での結果的な生き死にということではなく、
人が人を大切に想い、その幸せを願うこと。
そこにこそ、生き死にを越えた全ての本質がある。そんな気がいたします。