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◆◆ 思ったこと: ◆◆

        人間の妊娠・出産の仕組みを考えた「作者」のツラを拝みたい
        
        
        先日、ツイッターでアンケート(と言っていいのかな?)を行いました。
        
        
        https://twitter.com/lovelovebest1/status/1340942493366407169
        
        
        まずは、回答をお寄せくださった方々と拡散に協力してくださった方々へ、
        熱く激しく御礼申し上げます。圧倒的「超」ありがとう……ッッ!!!(←熱く激しい)

        当方は弱小アカウントにもかかわらず、
        42票も回答していただけたことに驚き桃の木サンショの木と言わざるを得ません。
        当初は2桁に到達すれば御の字かな……ぐらいに思ってました。
        これだけ回答が集まったのは私が人気者だから……という可能性はほんの少ししか考えられませんので、
        本テーマへの関心の高さが伺われるところです。
        
        というわけで、終了から少々日が空いてしまいましたが、
        結果報告と考察のお時間がやって参りました。わーわーぱちぱち。
        
        
┌──────────────────────────────┐ │            〜目次〜              │ │ -------------------------------------------------------- │ │ ・アンケートの理由・問題意識の所在            │ │ -------------------------------------------------------- │ │ ・「調査」としてはガバガバである             │ │ -------------------------------------------------------- │ │ ・結果発表ぉ〜!わーわーぱちぱち             │ │ -------------------------------------------------------- │ │ ・「好意的」の回答について                │ │ -------------------------------------------------------- │ │ ・まとめ:本当の望みは?                 │ └──────────────────────────────┘
■ アンケートの理由・問題意識の所在 --------------------------------------------------------------- 本題に入る前に、なぜこのようなアンケートをしようと思ったのか、 理由や問題意識の所在についてお話しておきます。 知っての通り、この世は理不尽でございます。 ただし、一言で「この世」と言っても、 人間の仕業でそうなっている部分と、 人間にはドウシヨウモナイ部分があります。 「社会」や「世間」といったものは直接的には人間の仕業と言えますが、 「物理法則」や「生物の仕組み」は人間が選挙をして国会で議論をして決めているわけではありません。 通説の伝えるところによれば、我々人間は、 厳しい自然界の中で生き残るために寄り集まって「社会」を作るようになったのだとか? その甲斐あって、我ら人類は地球全土にまたがる文明を築き、今日まで種として存続しちゃってるわけですね。 生き延びるために「社会」を作るという作戦は大成功。 しかし今度はその「社会」の中で対立や争いが起き、人間同士で苦しめ合うようになってしまった。 生き残るのが難しい「自然界」の中に、これまた「生きづらい世間」という、 人がその中でサバイブせねばならぬミニチュアを作ってしまったわけです。 人類仲良く手を取り合って平和な世界を作っていこう、とは昔から言われていることですが、 今のところ人類がそのような理想的な(?)世界の創造に成功する見込みはなさそうです。 これは単に「人間が愚かだから」ということなのでしょうか? 確かに、我々人間が自らの手で自分たちの首を絞めている事実があり、 人間として反省や改善をすべき余地は多々あると言えるでしょう。 しかし、では、そもそも、なぜ、そうなってしまうのか? 人間だけが「悪い」のか? わかってくれとは言わないが、そんなに俺が以下略(古っ 昔の子守歌はさておき、人間が「社会」を作る以前に、「厳しい自然」があった。 「厳しい自然」の中、人間同士ケンカしてる場合じゃないわけですが、 しかし、まるで、人間同士ケンカさせるために、 わざわざ「自然」が「厳しい」仕様になっている……。 何だかそんな気がしないでもありません。 ここで言う「自然」とは、「外界」だけでなく、 人間自身の「生物としての仕様」も含めてのことです。 百歩譲って精神だけは人間自身の責任ということにするとしても、 肉体的に様々な「不便さ」がプレインストールされているのは認めざるを得ないでしょう。 「俺だって苦労してるんだ!」ですって? はい、ケンカの元になるような「渇望」の状態が、わざわざ仕組まれているわけです。 「誰だって同じなんだ!」ですって? はい、押し付け合いの元になるような「ドウシヨウモナイ苦」が、わざわざ仕組まれているわけです。 もし「神」や「創造主」のようなものがいるとして、 宇宙や人間を無から創造したのだとすれば、なんで寄りによって「こんな仕様」にしやがったんでしょうね? 「全知全能」とかイキってる例のアイツは、なんで寄りによって「こんな仕様」にしやがったんでしょうね? まず根本的なところで、物質の世界で物質の肉体を維持するというサバイバル。 わざわざこんなふうに創っておいて奪い合いの争いをするなとは一体どの口でおっしゃいますか。 栄養を摂取する手段として他の生物同士で食い合うようになっているのも鬼畜仕様ですね。 他にも細かい例を挙げればキリがありませんが、極めつけは生殖のシステム。 どうしても苦痛や不便さを伴うように出来ている。 長期間にわたって肉体に負担をかける上、出産で死ぬことさえある。 増やさせたいのか死なせたいのか? 種の存続の根幹に関わるシステムが、なんで寄りによって「こんな仕様」なのか? ついでに言えば、人体構造上、大小便の排泄に近いというのも無駄に悪趣味です。 もう一度言いますが、種の存続の根幹に関わるシステムが、なんで寄りによって「こんな仕様」なのか? 性行為に快楽が伴う仕様なのは、その後に苦しい思いをしてでも繁殖をさせるための「エサ」なのではないか、とは、 誰しも一度は思ったことがあるのではないでしょうか? 実際に「神」にそのような意図があったのかどうかは不明ながら、 仮に性行為が全く快楽ではなかったり、むしろ苦痛でしかなかったとしたら、 それでもわざわざ繁殖をしたいと思う人はどれほどいるでしょう? よく「命を繋いでいくことが人間の目的」のような言説を見聞きしますが、 これには少々欺瞞のニオイを感じずにはいられませんね。 というより、それ以前に妊娠・出産に苦が伴う仕様なのが問題なんじゃないのか。 わざわざ「エサ」と「罠」と同時に仕掛けるという悪趣味。 スーパー○リオで言えば、1upキノコの手前に即死穴が設置されているようなもの(作者の悪意ッ!!!) 性別が男女に分かれているのも手の込んだ仕組みですね。 妊娠や出産の肉体面での負担は一方的に女性に偏っている。 で、結局それが不公平感や互いの無理解につながり、男女間の争いの元になる。 「男だって大変なんだ」とはよく言われることですが、そのようなセリフ自体が「争いの駆け引き」であり、 そもそも、その争いの元になっているのは何なのかと言えば、 元をただせば「不公平な性別システム」に端を発するのではないのか。 ふと、植民地支配の際の「分断統治」を思い出します。 宗主国が植民地支配を行う際、現地の人々を全員平等には扱わず、待遇に差をつける。わざと不公平感を煽る。 悪の元凶は宗主国であるにもかかわらず、人々は互いに憎み合い、協力して宗主国に対抗することができなくなる。 宗主国の思うツボというわけです。 「神」が創造しやがった「人間の仕様」にも、これと同じようなものがあるような気がしないではありません。 本当に「神」にそんな意図があったかどうかは知る由もありませんが、 実際に生物的な側面で「男」「女」という違いが存在するのは事実で、 それにともなう社会制度や文化の中で互いの軋轢の元になる。 悪の元凶は「神」かもしれないのに、人間同士で争ってしまう、という構造がある。 少し話が飛びますが、そうした生殖によって何が「生まれ」てくるかと言えば、 「子供」=「本人の同意を取れない他者」である、というのもイヤラシイ仕様です。 これが「生んでやった親」と「勝手に生まれさせられた子供」という対立が生じる元になる。 すべては「神」の思うツボなのではないか? 我々をワザワザそういうふうに創って、狙い通り互いに争っているのを、 どこかから「上から目線」で見下ろして「メシウマ」しているのではないか? しかし、そんな「神」の企みを知ってか知らずか、 我々は世界中で太古の昔から何世代にも渡って、このような生殖行為を連綿と続けてきたわけです。 こんなことを疑問にも思わず延々と繰り返してしまう我々の側もちょっとドウカシテルと言わざるを得ませんが、 何しろ種の存続の根幹のシステム自体が「そういう仕様」だというのですから、 控えめに言って「神」は悪趣味だと思いませんか? 思いますよね? 思うハズだ。思おう!! 生物学的にそれなりの合理性を説明することはできなくはないのかもしれません。 あるいは「こういう仕様」であることを前提とした上で、互いに助け合っていくような社会を築いていきましょう……、 的な話を「すべき」なのかもしれません。 それはそれとして、そもそもあんた(神)が無から創造したんじゃないのかよ? って話です。 悪意があったとまでは言わないにしても、いらんことをしてくれちゃったよね? って話です。 で、同じいらんことをするにしても、いくらなんでも他に案はなかったのかよ? って話です。 もちろん、神ならぬ人間の身で「そんなこと言ってもしょーがない」のは事実ではあります。 が、「悪の元凶は神」であるということに「正しく」目覚めることで、 人間同士で争う事のバカバカしさにもまた「正しく」目覚めることができるのではないでしょうか? え? こういう「成長の道筋」をも含めて「神」の狙い通り? いや、だからあんた(神)が創ったんじゃないのかよ? 自分で蒔いた種を我々に刈り取らせるとは迷惑千万! マッチポンプの唯一神! 大体、何が「成長」ですか。しゃらくさい。そもそも最初っから無のままにしておけば「成長」する必要もないわけですよ。 うっかり魔が差して「この世を創造」しちゃったにしても、寄りにもよって、「こんな仕様」にするとはどういう了見なのか。 やっぱり「神」は控えめに言って悪趣味だと思いませんか? 思いますよね? 思うハズだ。思おう!! ■ 「調査」としてはガバガバである --------------------------------------------------------------- 「アンケート」という体裁ではありますが、 バイアスのない客観的なデータを集めることができているとは言い難いシロモノではあります。 そもそも、このアンケートの回答者は「世の中全体の平均的サンプル」などではなく、 「私のツイッターアカウントを通して回答してくれた素敵な皆さん」でございます。 また、アンケートを実施している私自身がどういう意見・態度の持ち主であるかということも、 隠しようもなく伝わってしまっていることでしょう。 設問や選択肢の文章からにじみ出てしまう雰囲気があるでしょうし、 そもそも回答してくださった皆様の多くは普段の私の発言をご存知の筈。 もちろん、「どの回答が正解」というわけではなく、 できる限り中立的な表現を心がけたつもりではあるのですが、 優しい皆様のこと、アンケートの実施者である私の考えに反すると思われる選択肢は 選びにくかったのではないかと思われます。 しかし、そもそも「ツイッターで行うアンケート」である時点で、そういうモノでしか在り得ないし、 それを承知の上で、むしろそれで良い、と考えて実施いたしました。 「アンケート」としてはツッコミどころの多いシロモノではありますが、 本質は「アンケート」という形をとったつぶやきの一種です。 「人間の妊娠・出産の仕組みってヘンじゃない?」 という問題意識をお伝えするというのがその主眼ということになります。 単に普通に私がそうつぶやくだけであればそれで終わりですが、 見た人が選択肢を選ぶという形で、ユルく参加してもらうことで、 それぞれの自分の身に引き寄せて考えてもらうことができるのではないか? 本件は、ガチガチの議論をして意見を戦わせる、ということには向かないセンシティブなテーマでもあろうかと思います。 そういう場合に、こうした「アンケート形式」は有効な手段になり得るのではないかと期待するものであります。 今回その目論見がうまくいったかどうかは分かりませんが、 「そういうものとして」結果を受け止めて、考えてみたいと思います。 というわけで以下本題(前置き長っ!)。 ■ 結果発表ぉ〜! わーわーぱちぱち --------------------------------------------------------------- というか冒頭で既に発表しちゃってるのですが、遠くまで来てしまったので再掲です。 https://twitter.com/lovelovebest1/status/1340942493366407169 大体予想どおりの結果ではありますね。 「妊娠・出産」と言えば、世間的な価値観としては「美談」のような扱われ方をされがちで、 表立って否定的なことが言いにくい空気感はありますが、 そういったものを取り払った次元で、 人間の肉体的な「妊娠・出産」の仕組み自体に対して、ある種の嫌悪感のようなものを感じるというのは、 当方のアカウントを通して集まった回答であることを差し引いて考えても、 決して特殊(異常)なことではなく一般的な感覚と言っていいのではないでしょうか。 にもかかわらず、「妊娠・出産」(及び、その原因となる性行為)は 人間という生物が地球上に発生したとき以来、連綿と、世界中で続けられてきた。 野生動物と大差なかった時代だけではなく、 かりそめにも「知能」や「文明」を誇るようになってからも変わることなく続けられてきた。 残念ながら我々が今こうして「存在」してしまっているという厳然とした事実がその端的にそれを物語ってしまっている。 その事実と、でも嫌悪感を感じてるよね、という「感覚」とのギャップに、改めて、得体の知れない底知れぬ謎を感じます。 一体何故このような仕様なのか? 一体何が我々をそうさせるのか? それを本当の意味で「知る」ことは少なくとも生きている間は不可能だと思われますが、 しかし「こんなことは、我々自身が本来望むことではないんじゃないのか?」と、距離を置いて考えることは可能です。 「妊娠・出産」自体への「自分」としての印象が否定的なものであるというのは一般的なことだと思われるわけですが、 世間の常識や社会通念上では「美談」的に扱われがちであり、否定的に語ること自体が許されないような空気がある。 そしてそこには、「孫の顔を見せる」に代表されるような「周囲からの生め圧力」が存在している。 つまり「妊娠・出産」は人間自身が元来「自分」として望むことというより、 社会生活を営む中で「周囲から望まれる」ものである、という構図が見えてきます。 「いや、私は自分自身でそれを望んでいるのだ」と思う人もいるかもしれませんが、 それはもしかすると、周囲からの影響で、そのように思い込んでいるのかもしれません。 あるいは、このような構図だからこそ、 自分としては本当は望んでいないのだけれど、周囲からの要請に応じてそのようにするのだ、という、 「自己犠牲的な社会奉仕」という認識や価値観が生じ、 それに支えられて行為が実行されていくという面もあるような気がいたします。 少し話が飛びますが、「子供」として生まれさせられる人自身の意志を確認せずに 「生んであげてる」かのような感覚も、根はここにあるのかもしれません。 「私だって(本当は)好きでやってるわけじゃないのに」という被害者意識のバリエーションですね。 我々の誰もが、そのような「意志を無視された者」「存在を強要された者」として地上に存在することになる。 「私だって苦労してるんだ」から「おまえも苦労しろ」という「苦の強制の輪」がここに出来上がる。 そう考えると、「妊娠・出産」自体が個人としての人間にとっては嫌悪感を催すような仕様になっているというのも、 ある種の必然性・合理性があるのかもしれません。 つまりここに、 「周囲からの圧力で "人のせい" として続いていく、元来の個人にとっては不快な場」としてのこの世の姿が見えてくる。 苦を感じる主体である「個人」に、苦を味わわせ続ける巧妙な社会構造。 そうした「苦の循環生産工場」としての「この世」の構造を 「生物的仕様」という側面から真っ直ぐ縦に貫く動かし難い堅固な支柱としての 「妊娠・出産」という実に良くできた巧妙な仕掛けがそこにある。 まさに神の御業(みわざ)、とでも言えばいいのでしょうか。人智を越えた鬼畜仕様ッッ!! もちろん、元々の仕様はさておき、 実際に個々の現場で他人にそれをさせようとしているのは他ならぬ人間の仕業には違いありません。 しかし、元々の仕様が「こんなの」だからこそ、その「悪魔性」が無駄に際立つのであり、 ならば、元々の仕様を「こんなの」にしやがった「神」の御業こそが元凶であることに言い逃れの余地はあるでしょうか。 基本的に「周囲からの圧力」で出生行為が受け継がれているのだと考えると、 例えば、自分の親から「孫はまだか」と言われるのと同様に、 その親自身もその親から「孫はまだか」と言われるような「周囲からの圧力」があったと思われ、 その連鎖を、遡れる限り遡った果てに、何があるのか? という話。 一体何がしたいのか? 変態の極みである「神」の目的など人智を越えまくってて理解など及びもつきませんが、 どうしても我々から「苦」の感情を搾り取りたいらしい。よっぽど「メシウマ」なんでしょうかね。 この世界は本当に私たち自身が望んで存続させているものなのか? 私たち自身の本当の望みは何だったのか? 「真実」は人の身では誰にも分かり得ないことではありますが、 人間同士で無益に苦しめ合ってしまう現世の有様を悲しみつつ、 一度は、虚心坦懐に考えてみるのは意義のあることのような気はいたします。 ■ 「好意的」の回答について --------------------------------------------------------------- 予想通り、大半が「否定的」の回答でしたので、総括的な解釈としてはそちらを採用しましたが、 実際には「好意的」の回答もあった、という事実は見逃せません。 これについても目を背けずに考えてみたいと思います。 なお、「予想通り」とは言いましたが、 実は当初は、もっともっと極端に「否定」ばかりに偏るものと予想していました。 むしろ予想よりも「好意的」の回答が多かったな、と感じています。 今回集まった「好意的」の回答は、単なる誤差として切り捨てるわけにはいかない内実があるものと思われます。 可能性としては大別して3通り。 1. やっぱり「世間の常識」を答えてしまった 2. 本当に好意的に感じた(今も好意的に感じている) 3. 設問どおり「人生で初めて/事実を知ったとき」は好意的に感じたという意味(今は否定的に感じている) 1を避けるためにこそ、いろいろと注釈をつけて、今回のような設問にしたわけですが、 それでも1の意味で回答してしまう人がいたとしても当然と言えば当然かなとは思います。 それもまた一種の「回答」として受け止めたい。 ただ、私のアカウントを通して集まった回答であることを考えると、この可能性は限りなく低いものとは思われます。 それからもちろん、2の本当に好意的に感じたから「好意的」と回答した、というケースもあり得るでしょう。 そこはもちろん「人それぞれ」の感性ですし、そういう人もいらっしゃるだろうと認めたい。 だからこそのアンケート形式でもあるわけです。 ただし、3のように時系列の問題はあろうかと思います。 設問が「"人生で初めて/事実を知ったとき" どう感じたか?」というものですので、 「現在の感じ方とは違うけど」という可能性はあり得る。3だけでなく、逆の方向も。 最初は好意的に感じていたけど、その後は(今は)嫌悪感を感じるようになった、という場合もあり得るし、 最初は嫌悪感を感じていたけど、その後は(今は)好意的に感じるようになった、という場合もあり得る。 この中の後者のケースは、多数派だった「否定的」の回答にも含まれている可能性はあるわけですが、 人生での第一印象を答えてもらう質問ですので、主旨のとおりではあります。 今回の設問文は「世間の常識」や「後付けの考え」ではなく純粋な「自分自身」としての原初的な感覚を答えて欲しい、 という狙いで書いたものです。 つまり、私の元々の主眼としては時系列上の変化を尋ねたいということではないのですが、 かと言って「世間の常識を抜きにしてどう感じますか?」のような質問では、 余計にバイアスがかかりやすいのでは? とも思い、 人生で最初の印象を尋ねるという形式を選んだ次第です。 その点を中和して「正確な」解釈を求めることができるようにしたいなら、 もっと設問の数自体を増やして、多角的に判定できるようにすべきなのかなと思いますが、 あくまでツイッターでの「アンケートっぽい形をした参加型の何か」ですので、そこは割り切っておきたい。 > 最初は好意的に感じていたけど、その後は嫌悪感を感じるようになった、という場合もあり得るし、 個人としての「原初」の感覚と、単に時系列上での「最初」の感覚は必ずしもイコールではないはずです。 例えば子供向けの絵本などで「おかぁさんのおなかのなかでゆっくりと……」のような 「あたたかい話」として聞かされた経験が「人生における第一印象」というケースは少なくないものと思われます。 その意味で今回のアンケートの設問に対しては「好意的」の回答を選択した、 という人もいらっしゃるのではないでしょうか。 で、その後、よくよく「本当のこと」を知るにつれて、 自分の正直な(原初的な)感覚としては、嫌悪感があることに気付いた、という場合もあるかもしれない。 いわば「騙されていた」わけですね。むしろ第一印象として与えられたものこそが「世間の常識」だった。 そういうケースは実際に往々にしてあるでしょうし、 今回のアンケートでも、そういう意味で回答された方がいらっしゃったのではないか、と推測いたします。 ただし、私自身の「こういう回答が集まる筈だ!」という予想や期待感に沿わせ過ぎた解釈かもしれず、 その反省は、頭の片隅には棚を設けて、飾って置きつつ…… どんなテーマでどんな設問を立てるにせよ、 どういう解釈・意図で回答するかはそれぞれの回答者に委ねられるところではあり、 これはアンケートというものに根本的に付きまとう難しさかなと思います。 ましてや、所詮はツイッター上で行うアンケート「のような何か」なのであり、 繰り返し申し上げているとおり、純粋な調査にはなり得ないことを承知の上での「何か」ですので、 こういうブレが内包されていることも承知の上で、 回答くださった皆さんのそれぞれの思いに想像を巡らせたいと思います。 ■ まとめ --------------------------------------------------------------- 繰り返しになりますが、これですね。 ___________________________________________________________ この世界は本当に私たち自身が望んで存続させているものなのか? 私たち自身の本当の望みは何だったのか? 「真実」は人の身では誰にも分かり得ないことではありますが、 人間同士で無益に苦しめ合ってしまう現世の有様を悲しみつつ、 一度は、虚心坦懐に考えてみるのは意義のあることのような気はいたします。 ___________________________________________________________ 今回のアンケートの結果を受けて……というより、そもそもの問題意識を繰り返しているだけではありますが、 やはり、何度でも繰り返し申し上げたいことではあります。 仮に「望んで」存続させているのであれば、その「望み」をこそ反省できないかと思いますし、 本当は「望んで」などいないというのであれば、「本来の望み」に正しく目覚めていきたい。 自分(たち)の外側に「神」のような超越者を想定して、 そこに善っぽい属性を設定して「思し召し」などというのも一種の理解・身の処し方ではありますが、 その結果、この世の理不尽さを人間同士で押し付け合って再生産してしまうようでは本末転倒のような気がいたします。 「神」と「この世の理不尽さ」と「人間」の関係をどのように措定するか? 「真実」は不明ですし、仕様自体は変えようがなく、この仕様の中でやりくりする以外にないのではありますが、 「神」を善いモンにしてしまうなら、理不尽さの皺寄せを人間に押し付けねばならなくなるのは必然的な帰結と言えましょう。 そもそも、そんな状況を招いた「元凶」は何なのかと言えば……? ぐぬぬ、許すまじ! なお、本稿の主旨は、実際に「妊娠・出産」した人を批判する事を目的としたものではない、 とは念のため強調しておきます。 そんなことしてしまったら、それこそ「神」の思うツボです。これ以上の「メシウマ」を許してはならぬ! 具体的に「どう」行動すれば最善なのか、「答え」は誰にも分かりません。 いずれにせよ、人間同士で苦しめ合ってしまうことへの問題意識および、 後付けで構築された「常識」や「社会通念」や、それらを理由とした「誰それが悪い!」を抜きにして、 我々「人間」の、他の誰かではない「あなた」や「私」の自己自身の本来の願いはどこにあるのかを 見つめることの意義は強調したいですし、 今回の「アンケートのような何か」を通して、 そのへんの感覚を少しでも共有できたなら、これ以上なく超ハッピーでございます。