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◆◆ 思ったこと: ◆◆

        モノを考えなくても生きることができる。
        むしろ、考えない方がいいぐらいです。
        では、どうして、人間には、ものを考える、という能力があるのでしょう?
        ただ生きることよりも、大事なことがあるということなのではないか?
        あるいは人間にとっての生きるということの意味合いが、そこにこそあるのではないか?
        
        考える。何を考える?
        考えをやめるための考えは、きっと、考えではない。
        
        いや、やめるための考え、以外では在り得ないのだとしても、
        実際に、その願いが叶うことはない。
        叶ってないのに、叶ったと思い込むことはあっても、
        実際に叶うことはない。
        なぜか?
        いつだって、現状は自分の想定からはズレていて、そして動き続けているから。
        「自分の想定」という幻想。
        たまたま現状と想定が一致する(ように見える)ことはあるかもしれません。
        ですが、すぐにまたズレ始める。常に動き続けているから。
        生きている限り常に「続き」があり、事態は動いており、正しいことが正しいままでは固まらない。
        
        では何について考えるかというと、現状について、広く現状について、と言わざるを得ない?
        考えるとは、どこまでも現実的なこと。
        しばしば、考えないことが現実的で、考えることは非現実的と称されますが、
        上記の意味では、考えないことこそが、幻想であるところの「自分の想定」に執着しているのであり、非現実的。
        考え続けることこそ、現実的。
        目を逸らさない。