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◆◆ 思ったこと: ◆◆

        たとえゲームでも、人を傷つける内容のものはよくないのではないか?
        
        ストレスが解消されるなんてウソだ。
        むしろ、何か悪いカルマが溜まる気がします。
        
        現実では、生きている以上、意図せずに人を傷つけてしまうことはほぼ不可避です。
        が、それは意図せずに仕方なく起きてしまうことなのであって、
        本来の願いではない。可能な限り、避けたいこと。そのはずです。
        そのはずなのですが、
        それを目的としたゲーム、なんてものがある、
        それは、一種の勘違いなのではないか?
        本来の願いではなく、あくまでも仕方なく発生しているだけの事象を、
        まるで私たちの本来の願望であるかのように勘違いした結果、なのではないか?
        勘違いした結果であると同時に、それを受け入れる(=プレイする)ことで、
        その勘違いを追認し、そして再生産してしまう。
        
        人を殴る。人に向けて銃を撃つ。打ち負かす。倒す。
        たとえコンピューター上の仮想のこととはいえ、
        本当にそんなことを、心の底から、楽しいことだと、思っているのか?
        
        人を殴る。人に向けて銃を撃つ。打ち負かす。倒す。
        仮に実際にそれを実行することが許される場面があったとして、
        本当に、そんなことを、したいと思うか?
        よっぽど恨みがあるなど、特殊な事情がある場合は、同列には語れないと思いますが、
        わざわざ、そんなことを、したい、と、本当に思っているのか?
        
        本当にはしたくないと思っていることを、
        コンピューター上でなら、したい、などということが、果たしてあるものなのか?
        勘違いじゃないのか?
        
        もっともらしい説明を1つ思いつきました。
        私たち人類が原始的な生活をしていた頃は弱肉強食の世界だった。
        その頃は戦わなければ生き残れなかった。
        だから人を傷つける、という、できればしたくない行為、を受け入れる精神性が求められた。
        現代の我々に残っている攻撃性は、その頃の名残なのではないか?
        外的な環境要因からの圧力で、できればしたくないそのようなこと、を、まるで自分の本来の衝動であるかのように同一化する能力を獲得していた。
        ところが、現代はその頃のような外的な環境要因はないはず。
        あるとすれば、それこそ、我々同士の戦いが主たるものです。
        その頃に受け入れて、未だに我々の内にあって、行き先を失った攻撃性が、今度は我々自身に向かってきた。自家中毒。
        
        そのような攻撃性は、もうそろそろ、返上してもいい頃なのではないか?
        もともと我々の持ち物じゃなかった。そのことを、そろそろ思い出そう。
        
        
        
        もう一つ、もっともらしい説明を思いつきました。
        
        > 人を殴る。人に向けて銃を撃つ。打ち負かす。倒す。
        > 仮に実際にそれを実行することが許される場面があったとして、
        > 本当に、そんなことを、したいと思うか?
        
        それは、「他人がするかもしれないこと」なのではないでしょうか?
        自己自身が欲することではなく。
        
        自分が他人にされると困ること。
        それを想定し「他者とはそのようなものなのだから」と、常に防備をしておく。
        
        それが私の、あなたの、根深く染み付いた心構え、世界観・人間観、なのではないか。
        そのゆえに、その一員であるところの自分も、同じような欲望を持っているものと勘違いする。
        一種の役割演技です。
        そして、本当のところ自分は何を願っていたのかを見失う。
        あるいはそのようなことを見つめたことさえないのかもしれない。
        目に映るのは他人だけだからです。
        
        で、あるならば、そろそろ考え始めてもいい頃なのではないか?
        私は、あなたは、本当のところ、何を願っていた・いるのか?