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◆◆ 思ったこと: ◆◆

        相談掲示板での騒音問題の扱われ方を疑え
        
        
        ネットで騒音問題について検索していると、相談系の掲示板がヒットすることがよくあります。
        そうした掲示板で、どのようなことが話されているか?
        
        よくあるのはお決まりの「被害者叩き」です。
        「騒音の被害に遭って困っている」という相談者へ、
        「おまえは神経質だ!」「我慢しろ!」「お互いさまだ!」と、よってたかって攻撃するような「回答」が殺到する。
        
        そうかと思えば、案外、真逆のパターンがあったりもします。
        つまり、
        「近所の神経質な人に苦情を言われて困っている」という相談者へ、
        「そんなことをすれば苦情を言われて当然だ!」「あんたこそ無神経だ!」という書き込みが殺到する。
        
        前者のパターンに遭遇するたびに
        「やはり日本は騒音に鈍感な国だなぁ、被害者に厳しく加害者に甘い国だなぁ」
        と、暗澹たる気持ちになるのですが、
        たまに後者のケースに遭遇すると、
        「案外、話のわかる人も少なくないんだなぁ」などと希望を感じてしまったりします。
        が、そのわりに、世間を見回してみると相変わらず騒音問題を取り巻く風潮に明るい兆しは見えません。
        
        一体どういうことなのか?
        
        実は、どちらも
        「相談者をよってたかって攻撃している」
        という点で、同じことが起きているだけなのではないか?
        
        「苦情を言われて困っている」という相談に「そんなのはあんたが無神経だ! 自粛しろ!」という人が、
        「騒音被害で困っている」という相談には「そんなのは神経質だ! 我慢しろ!」と言うのではないか?
        
        ネットだから、誰がどんな顔をして書き込みをしているのか、知るよしもありません。
        だから、これはもちろん想像でしかありません。
        想像でしかありません、が、そんな気がしてなりません。
        
        どちらのパターンにも共通している特徴があります。
        それは
        「一つの相談スレッドの中で、回答者たちの間で意見が分かれることがほとんどない」
        という点です。
        つまり、「よってたかって」になる、ということです。
        だから怪しい。
        
        ただ、私の印象としては、
        「騒音被害で困っている」との相談へは、
        「自分も同じ経験をしたことがあって共感する」という書き込みがときどき出現するようです。
        
        やはり同じ経験をしたことがない人にはわからないものなのだなぁ、と思うところです。
        
        しかし、共感はすれども、結局どうすれば解決できるのかはなかなか示すことができない。話はそれ以上発展しない。
        そこはやはり問題として残ってしまうところのようです。
        
        しかし、そこで下手に答えらしい答えを無理に言おうとすると、精神論めいた話になりがちです。
        つまり「我慢」とか「お互いさま」とか「気にしない」とか。
        挙句に「気にする方が悪い」などということにもなりかねない。
        この方向は袋小路ですね。
        
        
        ところでネット全般の特徴という話になるのですが、
        私の中では次のような経験則があります。
        
        「検索した結果、相談系の掲示板が上位に表示される場合は、求めている情報は手に入らない」
        
        これは騒音問題に限ったことではなく全般的なことです。
        たとえばパソコンの機能のことについて
        「こういう設定をするにはどうすればいいのだろう?」
        と思って、思いつくままにキーワードを入力して検索するとします。
        
        仮に「そういう設定」が可能なものであるならば、その方法を解説したページが上位に表示されるはずです。
        最近の検索エンジンは優秀ですから、適当なキーワードでも大体察してくれる。
        
        しかし、相談系の掲示板が出てきてしまった場合は諦めた方がいい。
        「そういう設定」はそもそも不可能、ということです。
        不可能だからこそ、解説ページがどこにも存在しない。存在しないから表示されない。
        しかし同じような疑問を持った人はいて、どこかの相談掲示板で質問をしている。
        そのスレッドが検索にヒットしている。そういうことです。
        
        だからその掲示板は見る必要がない。見ても求めている答えはまず書かかれていない。
        むしろ、その掲示板を見てしまうと、必ずと言っていいほど、不愉快な思いをします。
        「そういう設定」が可能なのであれば、「こうすればいいですよ」というズバリな回答が書き込まれているでしょうけれど、
        そもそも不可能なのでした。不可能だから、掲示板なんかが検索の上位に出てきているのでした。
        では、その場合、どのような回答が書き込まれることになるでしょうか?
        
        え? なんですって? 不可能なんだから誰も回答してないだろうって?
        甘いですね。甘っちょろいですね。
        相談系の掲示板ってのはですね、そんな常識的な感覚が通用するような生易しい世界ではないのです。
        相談系の掲示板ってのはですね、答えを知らないくせに答えを書き込む輩が巣食っている。
        そういう阿鼻叫喚の無間地獄なのです。
        
        答えを知らないくせに一体何を書き込むのか?
        相談者への罵倒を書き込むんです。
        
        「なんでそんな設定をしようなんて思うんですか? 何か勘違いしてるんじゃないの?」
        「そんな質問なら別の板に書いたらどうですか?」
        「相談者の意図が意味不明。。。」
        
        私は罵倒のセンスがないのでうまく例を出せませんが、もっと信じられないような言葉がいくらでも書き込まれています。
        常日頃から隙あらば人を罵倒することばかり考えて、罵倒のセンスを磨いているのでしょう。
        相談掲示板にはそのような罵倒の鉄人たちが手ぐすね引いて待ち構えている。
        「こういう設定できたらいいんだけどなー」という素朴な思いに対して「隙あり!」とばかりに人格攻撃を放つ。
        飛んで火に入る夏の虫です。
        「不可能だ」ということを知っているのであれば、「それは無理なんですよ」と普通に教えてもらえるだろうと期待するところですが、
        そうは問屋が卸さない。そうはイカのドラゴンボール。
        
        多分ですけど、本当に「不可能だ」と自信を持って言うのって案外難しいことなんだと思います。
        たとえばパソコンの設定であれば、その機能について深く知り尽くしていないと答えられない。
        「ある」なら「ある」と言えるけれど、「ない」ものは「本当にない」のかどうか? 深く知り尽くしていないと断言できない。
        だから、「知らないくせに何か言いたいだけの連中」が群がってしまう、ということなのではないかと推測します。
        
        
        さて、話を戻します。
        騒音問題。
        
        騒音問題ってのも、みなさんご存知のように、難しい問題です。
        パソコンの設定なんかとは比べ物にならないほど難しい。
        一言や二言、苦情を言ったぐらいで解決するなら、そもそも騒音問題にはなっていません。
        他人のことなんて屁のカッパとしか思っていない「人間」が存在する。実在する。
        音を出して他人を巻き込まなければ気が済まない「人間」が存在する。実在する。
        さぁ、どうしよう? 困った。実に困った!
        
        難しい。これといった解決方法を誰も知らない。
        なるほど。だからネットで検索すると相談掲示板が上位に出てきてしまうわけだ。
        そしてそうした掲示板にめぼしい解決策が載っているかと言えば、まず載っていない。
        載っているのは相談者への罵倒ばかり。
        なるほど。然り。
        
        
        
        ぜひとも心に留めておきたいのは次のことです。
        
        「騒音問題は非常に難しい問題である」
        
        簡単な解決方法は存在しない。
        なぜそのような問題が起きるのか? それも含めて謎に満ちた難しい難しい難しぃぃ〜〜〜………っっっい問題です。
        
        それを、ともかく、覚悟しておきたい。
        さもなくば安易な罵り合いに陥ってしまうことでしょう。
        「うるさい」「我慢しろ」「静かにしろ」「なんだこのぐらい」
        
        私はもう、そんな不毛な争いはうんざりです。
        かと言って諦めてはいけない。
        諦めるのもまた、安易な争いと同レベルです。
        冷笑しても解決はしない。心が荒むばかりです。不毛な争いに参加するのと何も変わらない。
        なぜそうなるかと言えば、現実から目をそらしているからです。
        
        「問題」が「存在」してるんです。
        それを無視してはいけない。軽視してはいけない。
        なによりも、「自分自身」が「被害者」としての体験をした。
        その精神的な事実をごまかしてはいけない。
        
        「私は」「非常に難しい問題の」「門前に」「立ってしまった」
        
        大変だ!
        
        いいえ、大丈夫です。じっくりゆっくり落ち着いて。取り組んでいこうではありませんか。
        
        騒音とは何か?
        人間とは何か?
        この世界とは一体何なのか?
        
        じっくりと謎に立ち向かっていこうではありませんか。
        
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